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東京地方裁判所 平成7年(ワ)13001号 判決 1996年3月26日

本訴原告・反訴被告

藤和不動産流通サービス株式会社

右代表者代表取締役

岡本昭治

右訴訟代理人弁護士

小室恒

本訴被告・反訴原告

八木泉

三野桜

上野陽子

右三名訴訟代理人弁護士

江川勝

浅井隆

主文

一  本訴原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  反訴原告らの反訴請求をいずれも棄却する。

三  本訴費用は本訴原告の、反訴費用は反訴原告らの負担とする。

事実及び理由

一  本訴請求

本訴原告(以下「本訴原告」という。)と本訴被告らとの間の平成四年四月五日付け別紙物件目録(一)ないし(三)記載の物件についての賃貸借契約における

1  原告と本訴被告八木泉(以下「被告八木」という。)との間の、別紙物件目録(一)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料が、平成六年七月一日から一か月金九一万五五四〇円であること

2  原告と本訴被告三野桜(以下「被告三野」という。)との間の、別紙物件目録(二)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料が、平成六年七月一日から一か月金五二万一八七〇円であること

3  原告と本訴被告上野陽子(以下「被告上野」という。)の間の、別紙物件目録(三)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料が、平成六年七月一日から一か月金三八万〇〇一八円であること

をそれぞれ確認する。

二  反訴請求

本訴請求の趣旨冒頭記載の賃貸借契約における

1  原告と被告八木との間の別紙物件目録(一)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料が、平成六年五月一日から一か月金一一二万〇一八九円であること

2  原告と被告三野との間の、別紙物件目録(二)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料が、平成六年五月一日から一か月金六三万八五二三円であること

3  原告と被告上野の間の、別紙物件目録(三)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料が、平成六年五月一日から一か月金四六万四九六三円であること

をそれを確認する。

三  事案の概要

本件は、原告と被告ら三名との間の別紙物件目録記載の各建物とこれに付随する駐車場のサブリース方式による賃貸借(原告が、被告らから一括借上げして転貸する。)について、原告から被告らに対し、経済情勢の著しい変動及び近隣建物の賃料の大幅下落を理由として、被告らとの間の賃料の減額改定を求め(本訴)、被告らから原告に対し、右賃貸借契約にかかる契約中の賃料改定条項を根拠に、賃料増額改定を求めた(反訴)事案である。

四  争いのない事実

1  原告は、平成四年四月五日、被告らとの間で別紙物件目録(一)ないし(三)記載の建物専有部分及びこれに付随する駐車場について、契約期間を平成四年五月一日から四年間とし、

(一)  被告八木との間で、別紙物件目録(一)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料を一か月金一〇七万七一〇五円と定め、

(二)  被告三野との間で、別紙物件目録(二)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料を一か月金六一万三九六五円と定め、

(三)  被告八木との間で、別紙物件目録(三)記載の建物専有部分及び駐車場にかかる賃料を一か月金四四万七〇八〇円と定め

た転貸目的の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結して、右物件の引渡しを受けた。

2  本件賃貸借契約には、「賃料については、二年毎に、通常は四パーセントの増加率とする。また、物価の変動、土地公租公課、その他経済情勢の変動による諸事情により賃料が不相当となったときは、本契約の賃料を契約更新時、若しくは賃貸借期間中であっても甲(被告ら)は乙(原告)と協議のうえこれを改定できる。」との条項がある。(以下「本件賃料改定条項」という。)

3  原告は、被告八木に対しては平成六年七月一日、被告三野及び被告上野に対しては平成六年六月二九日、それぞれ書面で、請求の趣旨のとおり賃料を減額する旨の意思表示をした。

五  原告の主張

以上の事実を前提に、原告は、おおむね以下のとおり主張する。

1  本件賃料改定条項は、借地借家法三二条一項本文と同趣旨の規定であり、賃借人たる原告からの賃料改定の申し入れができないとする趣旨ではない。

2  平成三年ごろから始まった不動産不況は、政府は勿論、不動産専門業者の予測をはるかに超えるもので、特に平成五年に入ってからは、東京都内における貸ビル、貸マンションの賃貸料は下落し、今日に至るも回復の兆しが見えないことは公知の事実であり、戦後の日本経済において、賃料減額請求が続出している状況になっている。

3  原告は、本件賃貸借契約締結後、被告らからの借上支払賃料と転貸によって得られる転貸料等収入の収支は、平成六年一〇月末日までの分で四四二万八四一九円の赤字となっているが、さらにその後、赤字は増加し、平成七年二月末で六八八万六三五七円となっている。

4  原告は営利を目的とする株式会社で、赤字経営の継続は会社の倒産、消滅を余儀なくされるもので、賃料の減額なしには会社の存続が難しい。原告の得る転貸料が、被告らに支払う賃借料よりも少ない場合であっても、原告の営業努力が足りない場合であれば原告の減額請求が認められないことは仕方のないことであるが、本件では、近隣建物の賃料が大幅に下落しているために、賃借料よりも安くしか転貸できないのであって、これは本件賃料改定条項に基づく減額請求である。

5  原告は、一五パーセントの減額の申し入れをしているが、これは、転貸料収入を考慮し、被告らのローンの支払い等も考慮に入れ、東京都内の貸ビル、貸マンションの賃貸料下落率等を参考にして算出した数字であり、右の金額に本件賃貸借契約の賃料は減額されることが相当である。

6  本件賃料改定条項は、通常の場合に、二年毎に四パーセントの賃料の増額を定めているものであり、「通常は」という文言が入っている趣旨は、それに続く「物価の変動、土地公租公課、近隣建物の賃料の変動、その他経済情勢の変動による諸事情により賃料が不相当」とならない限り、という意味である。そして、平成五年夏ごろから近隣建物の賃料は確実に値下りしているのであるから、本件が、「通常の」場合に当らないことは明白である。よって、被告の反訴請求は失当である。

六  被告らの主張

1  本件賃貸借契約の目的となっているマンション「コム戸山台」(以下「本件マンション」という。)は、被告らが、その敷地を共有していたことから、共同で建築したものである。被告らは、右マンション建設の際、多額の借入れを行っており、その借入金の返済のため、安定的収入を確保する必要があったものである。そこで、被告らは、不動産事業者の一括借上システムを利用することを考え、被告と本件賃貸借契約を締結したものである。

一括賃貸借契約においては、賃貸人は、礼金・更新料等の利益の配分にはあずかれない反面、安定的継続的賃料収入の確保ができる。他方、賃借人は、賃借料と転貸料の差額及び転貸借の際の礼金・更新料等を取得できる反面、転借人の賃料の滞納・転貸借賃料の低下又は空室の発生等の危険を負担するものである。

2  本件賃貸借契約の目的は、転貸目的の一括賃貸借であるが、契約期間は比較的短期であって、賃料も原告が転貸募集する期間を考慮して段階的に定められたものとなっており、しかも、賃料金額を定めるについて、原告の社内で四年間の賃料額として妥当なものかどうか十分検討の上で、原告よりの提示によって定められたものである。

また、被告らにおいても、原告からの安定的継続的賃料収入が確保されることを期待し、金融機関からの借入れをして返済計画を立てたものである。

3  また、賃料の改定については、二年毎の四パーセントの増額を原則とするとともに、契約更新時若しくは賃貸借期間中であっても、被告らは、原告と協議して改定できるとして、被告らに対し四パーセント以上の増額を可能とする期待を与えているものである。

4  本件賃料改定条項は、賃貸人たる被告らが賃借人である原告と協議の上改定できるとするもので、賃貸人からする増額請求を認める規定であって、賃借人からする減額請求を認める規定ではない。

5  以上のように、本件賃貸借契約の内容は、原告が不動産専門業者として、少なくとも当該契約期間中は、経営上問題がないと判断して締結したものである。

本件において、安易に事情変更による賃料の減額が認められるというのであれば、被告らの借入金返済計画がたちまち支障を来し、被告らの生活に大きな影響が生じるものである。原告が、不動産専門業者であるのに対し、被告らは、本件賃貸借契約の賃料収入で生活を維持しているものである。このような契約において、締結からわずか二年で事情変更による賃料の減額が安易に認められるのであれば、契約自由の原則に反するばかりでなく、法的安定性を害することは明らかである。

6  なお、被告らは、反訴により、本件賃貸借契約の賃料が、本件賃料改定条項に基づいて、四パーセント増額されて、平成六年五月一日から、それぞれ反訴請求の趣旨記載の金額となっていることの確認を求める。

七  争点

以上のとおり、本件の争点は、

1  本訴については、原告の求める賃料減額請求の相当性であり、

2  反訴については、被告らの主張する本件賃貸借契約における本件賃料改定条項の適用の可否

である。

八  争点に対する判断

1  判断の概要

当裁判所は、

(一) 本訴については、鑑定結果に照らすと、本件賃貸借契約の賃料は、転貸を前提とした原賃料として、本件賃貸借契約上の賃料に比して約一〇パーセントの低下がみられるが、この程度の賃料額の低下は、本件賃貸借契約の特殊性に鑑み、賃借人たる原告において負担すべき危険に含まれるものであり、原告の本訴請求は理由がない、

(二) 反訴については、確かに、本件賃料改定条項には、二年毎に四パーセントの賃料増額が定められているが、本件賃料改定条項は、賃料相場の上昇を前提として定められたものと理解され、現在のような賃料相場が低下している経済情勢の下では適用されないものというべきであって、被告らの反訴請求も理由がない、

と判断する。

2  本訴請求について

(一)  本件賃貸借の賃料額について

(1) 鑑定の結果によれば、本件賃貸借契約の平成六年七月一日現在の転貸を前提とした原賃料額は、

被告八木につき、九七万円

被告三野につき、五五万円

被告上野につき、四二万円

であると認められ、いずれも、本件賃貸借契約において、当初に定められた賃料額から、約一〇パーセント程度低い金額となっている。

右鑑定は、利回法、消費者物価スライド法、家賃指数スライド法、差額配分法の各手法により、本件賃貸借契約の目的物の賃料額を求め、それらを相互に比較検討した上、差額配分法が最も適切であると判断して、差額配分法により、本件賃貸借契約の相当賃料を算定したものであり、その手法に、特段不自然あるいは不合理な点を見い出すことはできず、その鑑定結果は、信頼するに足るものと認めることができる。

(2) なお、右鑑定結果のいわんとするところは、例えば、被告八木の関係でいえば、被告八木の賃貸部分は、平成六年七月一日現在では、原賃料八七万四〇〇〇円(敷金の運用益を含めた実質賃料)で賃貸することが相当であるところ、本件賃貸借契約では、一〇八万六〇〇〇円(前同様の実質賃料)と定められていて、約二一万円の差額が生じているので、公平の見地から、これを敷金の運用益の減少分と含めて賃貸人と賃借人で二分の一ずつ負担すると、相当賃料は九七万一〇〇〇円になるというものと理解される。

また、右鑑定結果が、継続賃料については、上昇時にいわゆる下方硬直性(新規賃料の増加割合ほども継続賃料が上昇しないこと)がみられたのに対し、現在のような下降時には、その反対のいわば上方硬直性(新規賃料の減少割合ほども継続賃料が下降しないこと)がみられて然るべきであるということも述べており、その点は、理屈としては納得のできるものということができる。

(3) 他方、原告提出の資料(甲一三)によっても、平成四年の賃料と平成六年の賃料を比較すると、

① 1DKで約八パーセント(坪当り1.32万円から1.21万円に低下)

② 2DKで約一二パーセント(坪当り1.32万円から1.16万円に低下)

③ 3DKで約六パーセント(坪当り1.22万円から1.15万円に低下)

という値下りがあったことが認められる。ただし、右資料は、新規賃料に関するものであると推測され、前記鑑定の結果にも触れられている継続賃料の特性(継続賃料は、新規賃料ほども低下しない。)を含んだものということはできず、継続賃料の低下率は、これよりも低いものというべきである。(なお、4DKの低下率は約二七パーセントと大きいが、本件賃貸借の目的物に4DKはない。乙一参照)

(4) よって、本件賃貸借契約の賃料は、平成六年七月当時には、約一〇パーセントの減額があって相当であったということができる。

(二) 本件賃貸借契約の特殊性について

(1)  被告らは、本件賃貸借契約は、いわゆる一括借上契約であって特殊性を有すること、及び、本件賃料改定条項によっても、賃料の減額改定は予定されていないことを指摘して、原告の請求を争っている。

(2)  確かに、本件賃貸借契約は、一括借上契約であり(そのことに争いはない。)、被告らは、これによって、毎月一定の収入が安定的に保証されること、それによってローンの返済原資や生活費を得ること、賃借人の募集・目的物の維持管理・退室時の清算など賃貸借の管理を行うことの煩わしさから逃れること、空室の危険を回避すること等の利益を受け、その反面として、礼金の収受、敷金の運用益の取得、賃料相場が上昇した時の賃料差額の取得といった利益を放棄したものということができる(この点についての的確な立証はないが、一括借上契約の一般論と弁論の全趣旨により、そのように認定することができる。)。

これと逆に、原告においては、礼金の収受、敷金の運用、賃料相場の上昇の際の賃料差額の取得などの利益を得る一方で、空室の発生、賃料の値下り等による危険を引受けたものということができる。

(3)  また、本件賃料改定条項は、少なくとも文言上は、賃貸人たる被告らから賃料改定の請求をすることができる旨の規定はあるが、賃借人たる原告の側から、賃料改定の請求をすることを明示的に許す旨の規定は存在しない。(乙一)

このことは、本件賃貸借契約締結時には、双方において、本件賃貸借契約の賃料が将来にわたって上昇するであろうことを前提として契約を締結したものであることが推認されるけれども、右の文言を読む限りにおいて、被告らは、特段の事情がない限り、本件賃貸借契約の賃料を、二年毎に四パーセント上昇させることを除いて、賃料相場の上昇による利益を受けることを放棄し、その上昇による利益を原告が取得することを許したものと理解することができるものである。そして、賃料の減額のことについては、右契約書上は、明示的には触れられていないが、賃料の上昇による利益を第一次的に原告において取得することが許されていることからすれば、その下落による危険は、原告において負担することを承認したと理解すべきものといわなければならない。

(4)  さらに、本件賃貸借契約の契約期間は四年間とされているところ、その契約条項には、賃貸借期間中の中途解約の条項はなく、これは、中途解約を許さない趣旨であると理解されるものである(乙一)。

また、右の四年間という期間は、前記のとおり、一括借上方式による賃貸借が、賃貸人側の安定的な収入の確保という要素が強く、一般的に長期に継続することを予定していることに照らせば、比較的短期間であるということができるところ、このことは、賃借人の側の利益も考慮して、賃借人が契約関係から脱出する機会を与えたものと理解され、したがって、その反面として、右契約期間中は、事情変更を理由とする契約条項の変更は原則として許されないと理解することができるものである。

(5)  さらに、本賃貸借契約においては、当初の三か月間(平成四年五月一日より同年七月三一日まで)は、賃料額が低額に抑えられているところ、これは、本件賃貸借契約の目的が転貸にあるため、原告の賃借人募集等の期間を考慮し、原告の利益を確保することを目的としたものということができる。そして、その反面として、この期間が経過した後は、原告において責任をもって被告らに賃料の全額を支払うことを約束したものとみることができる。

(6)  原告は、一般の賃貸借では賃料の減額請求ができない場合であっても、転貸目的の賃貸借において転貸料が賃借料を下回ったときは、賃料の減額請求が認められるべきであると主張する。その主張の実質は、転貸目的の賃貸借にあっては、転貸料以外に収入がないため、転貸料が賃借料を下回っている以上、収支が黒字になることが考えられないことを理由とするもののようである。しかしながら、賃貸借期間中に転借料が賃借料を下回ったことは、結局は、本件賃貸借契約の締結時における事情の予測に誤りがあったことに帰するものであり、将来の予測の誤りという点においては、賃借建物において事業を営んでいる賃借人が、事業の不振のため賃借料が支払えない状態に至ったことと、本質的に変わるものではないというべきである。

そうすると、転貸目的の賃貸借においては、賃借料と転貸料の比較はそれ程重視すべき事項ではなく、むしろ賃貸人の安定的継続的収入の確保という点に、一般の賃貸借にはない特色があるということができ、そのような特殊性をより重視すべきであるということになる。

(7)  以上の各事情からすると、転貸を目的とする本件賃貸借契約においては、その契約期間中は、原則として当初の契約条項が遵守されることが予定されており、余程の特段の事情がない限り、契約期間の途中における、原告からする本件賃貸借契約の賃料の減額の請求は許されないものといわなければならない。

(三) 本件賃貸借契約の実情について

(1)  原告は、本件賃貸借契約によって、平成七年二月現在で、約七〇〇万円の赤字が累積していると主張しており、確かに、証拠によれば、右金額の赤字の累積がある事実を認めることができる。(甲一)

(2)  右の赤字が累積した原因として、ひとつには、本件マンションの各室の賃料がいずれも低下している事実を指摘することができる(例えば、一〇二号室の賃料は、当初の五一万九〇〇〇円から平成六年七月に三七万円に低下しており、その他の貸室の賃料も軒並み低下している。)

(3)  しかし、それと並んで、例えば、本件賃貸借契約に基づく賃料全額の支払いが始まった平成四年八月には、まだかなりの貸室と駐車場が空いたままであり、この月だけて一三五万円の赤字を計上していること、被告三野の所有する四〇二号室は、平成五年四月から平成六年六月まで空室であったこと(月額賃料一三万円として、一五か月分で一九五万円になる。)、駐車場番号三、九、五がいずれも一年以上空いたままになっていること(駐車場一か所当り、年額約六〇万円になる。)などの事実が存在し(甲一の二)、これらによる赤字が、原告の主張する累積赤字の相当部分の占めていると認められるところ、右のような赤字の発生は、原告の営業努力によって、相当程度カバーできる性質のものであるということができる。

(4)  平成七年二月現在の本件賃貸借契約に基づく転借人からの転貸料収入は、全部の貸室と駐車場が転貸された場合には、約一九八万円であり(甲一の一参照)、月当りの赤字額は、約一五万円にすぎず、かつ、この赤字については、礼金の取得や、敷金の運用益による収入によって、いくらかは埋めることのできるものである。

(四) 賃料相場の下落の予測可能性について

本件賃貸借契約が、最初に締結された平成四年四月は、既にバブル経済が崩壊し、特に不動産価格の下落が生じつつあった時期であり(公知の事実)、現に、平成三年から平成四年にかけて、賃料の相場は、本件マンションの付近でも、八パーセント(2DK)ないし一二パーセント(3DK)下落していたものである(甲一の二)。確かに、原告が主張するように、バブル経済の崩壊は、一般的には予測できなかったということもできるかと思われるけれども、既にバブル経済が崩壊した後の不動産価格や賃料相場の動向については、右のような低下傾向があった事実に照らしても、決して予測不可能であったということはできないというべきである。そうすると、そのような不動産賃料の変化は、原告において最もよく予見することのできたものであると考えられ、その予測を誤ったことによる不利益は、原告において引き受けるべき性質のものというべきである。

(五) 本訴請求についてのまとめ

以上によれば、確かに、本件賃貸借契約の相当賃料は、平成六年七月当時で、当初の契約時に比べて約一〇パーセントの低下がみられているけれども、本件賃貸借契約については、その解釈上、賃料の減額請求は、余程の特段の事情がない限り認められないものというべきであること、賃貸借契約の期間が短期間に限定されていること、原告の主張する赤字の累積については、原告の営業努力によりかなりの程度減少させることが可能であったと思われること、不動産賃料の動向は、原告が最もよく予見することができたと考えられること等の事情に鑑み、右の程度の事情の変更(経済情勢の変化や近隣の賃料の下落)は、契約期間中の現時点において、本件賃貸借契約に規定された賃料額を減額する理由にはならないといわなければならない。

3  反訴請求について

(一)  被告らは、本件賃料改定条項に、二年毎に通常は四パーセントの増加率とするとの定めがあることを根拠に、本件賃貸借契約の始期から二年を経過した平成六年五月一日以降、自動的に四パーセントの増額がなされたと主張する。

(二) しかしながら、前示のように、本件賃料改定条項は、賃料が将来において上昇するであろうことを前提として規定されたものであり、その実質は、賃借人たる原告において、原則として賃料の増加分を取得できるとする趣旨のものである。

そうすると、右の賃料相場の動向が、当初の予想とは逆に、かなりの程度で低下しつつあることを前提とすると、本件賃料改定条項は、それを適用する前提たるべき事実が異なっており、公平の見地からしても、これを現在のような前提を欠く状況の下では、適用することができないものといわなければならない。

(三)  よって、被告らの反訴請求は理由がない。

九  結論

以上のとおりであって、原告の本訴請求と被告らの反訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとする。(口頭弁論終結の日・平成八年二月一五日)

(裁判官松本清隆)

別紙物件目録<省略>

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